199527 ランダム
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ふらっと

ふらっと

テネレ座礁

『リゲルグもどき、大丈夫か?』
 衝撃に続いて、ノイズに紛れながら連邦軍パイロットの通信が入ってきた。
 RX-94式。少数生産とはいえ、量産機扱いとなったνガンダムが、リゲルグ・シルエットの右肩を捉え、離脱の手助けをしてくれていた。
 左肩アーマーブロックに、ターバンを巻いた魔人のマーキング。ガストン・ライア機であった。
「あ、ありがとう。こんなトラブルは初めてだわ」
『のんきなことを言ってる場合じゃないぞ、お嬢さん。こっちはシリルのνガンダムが、トラップに引っ張られて中へ消えちまった。他のモビルスーツにはトラップとの距離を取らせるようにしてある。君もいったんグリフォンへ戻れ。』
「そうしたいんだけど・・・」
 プルは計器類をチェックしながら、今し方の離脱運動で推進剤を使いすぎたことを確認していた。異常振動はまだ続いている。トラップの放つ得体のしれない引力圏は、まだ拡大するか強さを増しているようだ。
 となれば、慣性航行でグリフォンに帰還するだけの余力はないと判断するのが正しいだろう。
 今はむしろ、巡洋艦テネレの方が近距離にある。
「迷惑じゃなかったら、少しの間、テネレの甲板にでも避難させてほしいんだけど」
『分かった。そういうことならハンガーとシャワーとランチボックスも提供だな』
 ガストンは話の分かるパイロットだった。が、ただそれだけでこう言ったのではない。テネレに女性乗組員がいないわけではないが、ウエーブのパイロットは存在しない。モニター越しに確認したグリフォンのパイロットの娘は、画像がゆがんでいても美人であることが分かった以上、ガストンとしてはモビルスーツ部隊の目の保養もかねて連れ帰り、混乱しかかった志気を立て直そうという打算もあった。
 そう、ガストンはプルに対して「肝の据わった娘だ」と、好意的な感情を抱いている。モニター越しの彼女は、ノーマルスーツのヘルメットを被っていないのだ。だから品定めを容易にできる。
 それが分からないプルでもない。こんなときによく気が回ると思いはしたが、少なくともνガンダムのパイロットからは親切心という感情も読みとれたので、テネレまで曳航してもらうことにした。

 この報告を受け取ったキャプテン・トドロキは、観測開始と同時に生じた一連のトラブルを検証しているところであった。
 その作業を中断して、「先方に迷惑かけるんじゃないぞと伝えろ」とだけ言い返した。キャプテンはプルの素性を思うと連邦の艦などには避難させたくないと思っているが、グリフォンまで戻ることができないというのであれば仕方がなかった。
 そのことも気がかりだが、彼は別のことを思考の中心に据えなければならない。
「どうも気になる。前回よりも慎重に接近したはずだった。それなのに、よりによって最新鋭のνガンダムが真っ先に飲み込まれるようなヘマをやるか? ヒトミ、今さらで悪いが、例の輸送船の積み荷リストを再検索してくれ。それから」
「今まで遭難した事故例の、船舶とモビルスーツの共通点ですね」
 ヒトミはすかさずコンソールのキーボードをたたき始め、まずD3のホストコンピュータとリンクし、トラップが原因と思われる遭難事故件数を検索させつつ、輸送船ケアンズ768も含めた共通項データの洗い出しにかかった。積み荷リストの情報だけでなく、そこから先の領域にまで調査目標を置いていくのは、ヒトミの才能だ。
 D3はその後の情報収集で、二桁にのぼる事故例を確認していた。次々と事故報告のデータが転送されてくる。
「ほとんど軍関係の事故報告ばかりです。共通項は3種類出ました」
「言ってみろ」
「事故発生環境・・・これは月の軌道より内側というおおざっぱな割り振りですから無視していいですね。次に事故対象物、これも艦艇とモビルスーツばかりだから除外します・・・問題は三つ目の対象分類ね。事故あるいはトラップへの遭難が可能性にあげられる艦艇の輸送品、モビルスーツ共に、トリプルAの0023347コードが添付されています。これはほぼ100%の確立ですね」
 キャプテントドロキは、そのコードが何を意味するのか検索するようには指示を出さなかった。数分の間隔を置いて、彼の期待通りに、ヒトミから報告が続く。
「このコードはサイコフレームの材質登録ナンバーです。トリプルAとはいっても、うちのリゲルグ・シルエットが同じフレームを使ってますから、コードナンバーの照会だけでバレバレですね」
「サイコフレーム・・・異常共振、トラップ・・・遭難か。自然現象というわけじゃあなさそうだな」
 キャプテンのつぶやきに、ヒトミは仮想敵をトラップと設定した場合の、トラップの主力部隊に相当するコアの部分を解析しはじめた。

 グリフォンのモビルスーツデッキでは、事態が急展開していることを察知したエディ・ローエンの号令により、第一、第二デッキ双方で緊急着艦に備えた臨戦態勢が整っていた。
 グリフォンから出動した3機に限らず、連邦側のモビルスーツが着艦を求めてくる場合もある。
「点検項目はAチェックまででいい。どうせ弾薬の補給はないからな。それからヤマト、お前は第三デッキの内火艇に出番があるかもしれないと伝達して、あっちを手伝ってこい」
「内火艇・・・スプリガンですか?」
「そうだ。あれはアントンともう一人で切り盛りしてる。厨房から差し入れを持ってってやれ」
「わかりました!」
 ペガサス級揚陸艦は、その建造年式と仕様にもよるが、最大で9から12機のモビルツスーツを搭載することができる。通常はその機体数に見合ったメンテナンス要員が勤務するわけだが、グリフォンにおいては全艦総勢でも30人程度のクルーしか居ない。
 これは異常なことだ。もしも戦時下であったら、このような配備はあり得ない。全長250mもの揚陸艦には、それこそ厨房スタッフに至るまで数えても、全艦で少なくとも200人はほしいところだ。軍の巡洋艦クラスならば、たとえば随伴しているテネレには1500人ほどが乗船しているはずだ。
 このような状態だから、頭数のうちに入っていても足を引っ張るようではグリフォンそのものの安全にかかわる。ヤマト・コバヤシはモビルスーツデッキからカッターデッキに移動しつつ、ここ一番ではまだ使ってもらえないなと、自分の適正を再評価した。
 ぶっつけ本番でリゲルグ・シルエットの操縦ができたなどというのは、まさに偶然なのだ。運が良かったと思えと、タクマやデビットには釘をさされた。
 そういうものかなと、特に不満は感じない。しかし宇宙という環境には、地上で無意識に感じていたはずの皮膚感覚というものが通用しない、その怖さだけは理解できる。モビルスーツという機動兵器の装甲の中にいても、ハッチの向こう側には人を生身では寄せ付けない死の空間が待ち受けているのだ。
 この恐怖感は、忘れてはならないことだと、ヤマトは思う。
 だが、グリフォンの艦内では、時としてその感覚を狂わされる場面もある。
 厨房は円心重力ブロックにレイアウトされており、デッキから移動すると意外に時間がかかる。円心重力ブロックは、グリフォンの艦橋位置に組み込まれたリング状のブロックだ。中心部のシャフトが両舷方向に伸びてこれを支え、同時に回転軸となっている。
 シャフトはグリフォンの艦首方向、正確には前進方向に対して回転し、遠心力による疑似重力を発生させる。重力ブロックは、いわばバームクーヘンのようなユニットを三重に重ね、それぞれのリング内を区画で区切って個室や用途別エリアに充てているのだ。デッキ側の付け根から一番遠い場所に、目的の区画が行っていると、移動はことのほか面倒になる。厨房区画は、三重のリングの真ん中にあり、ここでも戦争状態が繰り広げられていた。
「いつもの客用よりははるかに楽なんだ。こういうときに手際よくさばけるように練習しろっ」
「へいっ!」
「誰だ今月のスタッフメニュー作ったのはっ、カレーの次に肉じゃがで、その次が酢豚だとぉ? お前ら真面目にやってんのかあっ」
「へいっ、すいませんっ」
 料理長のコウ・ウラキは、元は中佐まで勤め上げたモビルスーツパイロットであったと、ヤマトはタクマ達から聞いている。彼の勤務先はほとんどが地球上の駐屯地赴任だったというが、年齢からみてもグリフォンのパイロットや整備員たちよりも明らかに年かさであり、キャプテンも一目置いている。
 うわさによると、料理長はガンダムタイプのモビルスーツ操縦経験者だったということだが、そのうわさはどこかあやふやで、公式記録にもそれらしき記述を見つけることはできない。それほどの経歴の持ち主がなぜ、観光船の厨房で鍋を振っているのかは謎と言えば謎だ。
「ほらほらほらあ、そういうニンジンの切り方だと煮崩れするだろっ。ちゃんと角を取って面取りやらないとだめなんだってば」
「だってもったいないじゃないですかあ。こんなにまわり削っちゃうんですかあ」
「いいんだよっ。残りもんは他の果物とミキサーにかけて野菜ジュースにしろっ」
「あ・・・あのぉ、料理長さん」
 ヤマトはおそるおそる、厨房を仕切るウラキ料理長に声をかけた。
「おお、どうした坊主? ハンガーのメシ時間にはまだ早いぞ」
「は、はい・・・ローエン班長から、スプリガンのミンク艇長に差し入れを持って行けと・・・」
 それを聞くやいなや、料理長は「おお、そうか」と奥の方に入っていき、しばらくしてランチボックスを三つかかえて戻ってきた。
「艇長のところにチャック・キースっておっさんがいる。俺とは腐れ縁のパイロット上がりだ。そいつに渡してやれ」
「ありがとうございます」
「ヤマトといったな、お前、芋の皮むきできるか?」
 料理長に唐突に言われて、ヤマトは中途半端な物言いで「はあ・・・」と答えた。
「こんどサバイバルレーションの作り方教えてやる。エディに言っといてやるから、時間もらえ」
「はい、ありがとうございますっ」
 ヤマトは大きめのビニール袋にランチボックスを入れてもらい、厨房区画をあとにした。たった3人でモビルダイヴから連れ戻された客のための豪華料理を繰り出しているという事実を知り、ヤマトはあらためてグリフォンの勤務態勢の過酷さと、それを克復するスタッフの技量に驚いた。

「テネレに異常振動を確認! トラップに引っ張られているようです」
 ヒトミがキャプテン・トドロキに異変を告げたとき、キャプテンはD3のフレディ総支配人とレーザー回線で対話をしているところだった。
『そちらに送ったデータを検証している時間はないと思われます。しかしこの推論はほぼ間違いないでしょう。サイコミュ並びにサイコフレーム、これらに関連する全ての装備は、トラップ周辺ではこちらの障害となるようです。おそらくトラップを構成する核の部分に、より強力なサイコミュ兵器か、それに相当する何かがあると思われます』
「その言葉を、俺以外の誰かが口にしてくれるのを待ってたのさ。さすがに自信がなかった」
『事は一刻を争います。至急テネレとグリフォンは安全宙域まで交代して下さい』
「それがそうもいかんみたいだ。テネレには94式以外にも大規模なサイコミュ兵器が搭載されているらしい。むこうがトラップに捕まった。とりあえず交信は切る」
 キャプテン・トドロキはメインモニターに映る巡洋艦テネレの様子を再度確認し、テネレのコーラン艦長を呼びだした。
「こちらはグリフォン。テネレの異常はどのような状況か教えられたし!」
『キャプテン・トドロキ!、シノザカだ。艦首がトラップに吸引されて姿勢制御が効かなくなりだした。そちらのモビルスーツを一機預かっているが、巡洋艦クラスでこれだけの力が働いているとなると、今からモビルスーツを射出するのは危険だ』
 艦長ではなく副長からの緊急通信であった。
「機密事項だろうがあえて確認したい。そちらに搭載されているサイコミュ連動機体だが、94式以外になにかあるのか? あるなら今すぐそれを投棄しろ。フィンファンネルやビットも全部だ。うちのリゲルグも捨ててかまわん。放出したら一機残らず砲撃して破壊するんだ!」
『・・・どういうことだ?』
「トラップの発生源は、サイコミュによるものだという疑いが出ている。そちらの94式が一機飲み込まれてわかってるだろう」
『君のところの機体ならすぐに投棄しても良いが、こちらは官給品だぞ。はいそうですかと放り出せるわけがないだろう』
「役人会話をするのは勝手だが、そのままだと1500人全員が生きて戻れなくなるぞ」
 不毛な問答だとキャプテン・トドロキは感じたが、そうこうしているうちに、グリフォンに設定されたグラフィックモニター上では、テネレは完全にトラップの領域に捕らえられてしまっている。
「何か手はないのか? どうせこっちの言うことなど聞きはしないだろう」
「あと5分以内に軌道を変えないと、テネレは脱出できなくなります」
 ヒトミが通告する。
「・・・よし。ロイ、ミノフスキークラフトの封印解除にかかれ。今から残った推進剤全部使ってテネレに艦首をぶつける」
 キャプテンの判断に、ブリッジの3人は言葉を失った。が、テネレが自ら進路を変えられず、また搭載しているサイコミュ兵器を捨てたくないと言うならば、他に方法はなかった。
「しかしキャプテン、出張ってるパイロットも入れて、こっちだって36人の安全がかかってます」
 ワイン・バードナーが念を押すようにたずねた。
「んなこたあわかってる。デッキの一つくらいはトラップにくれてやるが、死に急いでまで軍に恩を売る気はない。ヒトミ、Aシフト勤務以外のクルーは、全員スプリガンで退艦するよう指示しろ」
「スプリガンはすぐに離艦できますが、5分では全員乗船できませんよ」
「やって見せろと言え!」
『こちらは第三デッキ、ミンクだ。こっちに来てる坊主がキャプテンに何か言いたいらしいぞ』
 スプリガンの艇長から艦内通信が入った。キャプテンはうっとおしそうに回線をつなぐ。
「なんだヤマト、何でそこにいる?」
『説明すると長くなります。それより、今スプリガンを出しても危険は同じです。サイコミュを積んでいなくても、たぶん人の脳波や意識の波にトラップが反応します。ケアンズ768の脱出艇も行方不明のままじゃありませんか。むしろグリフォンの中に留まった方が、装甲が厚いだけ安心だと思います』
 背負った子供から説教をされているような気分になった。なるほどもっともな話だ。
「キャプテン、ミノフスキークラフトの封印解除、開始しました。4分20秒でプログラムの書き換えが終わります。ただ、エンジン臨界には8分必要です」
「そんなにかかるのか?」
「そういわれるだろうと思って、出力は臨界直前まであげておいたんですけどね」
 ロイ・ハスラムは、あらかじめ非常事態を想定して機関操作を進めていたのだ。この判断力が艦内全体で活かされているから、グリフォンは自動制御機構のもとで、36人という少数精鋭で操艦できるのだ。
「推進剤の再計算は時間が足りない。各自の経験と判断でやるぞ。全艦第一級非常態勢発令!」
「了解、全艦第一級非常態勢発令、これより本艦は、巡洋艦テネレ艦首方面艦底部への体当たりを敢行します。第一、第二デッキ勤務のクルーは両デッキの全隔壁を閉鎖、気密チェックをオート機構に委ねて、3分以内に円心重力ブロックに移動。その後レストルームに避難して下さい」
 ヒトミは張りのある声でアナウンスを終えると、今しゃべった内容の同時録音をリピートさせ、あと4回同じ内容が艦内放送されるようにセットする。
「ヒトミ、なんでテネレの前部艦底にぶち当てると分かった?」
 キャプテンが不思議そうに聞いた。まさにその通りのことを考えてはいたが、彼はまだそれをワインにも伝えていないのだ。
「あれ? キャプテンがそう言われたような気がしたので・・・」
「・・・まあいいや。そういうわけだ。ワイン、ロイ、あとのことは考えずに遠慮なくぶちかませ」
「了解、なんだか本格的に海賊船になっちまいそうですな。・・・ロイ、機関全速、スラスターシフトはこっちに回せ!」
「よーそろ。行ってください!」
「テネレに告ぐ、こちらはグリフォン。ただいまより貴艦のトラップ離脱を補佐するため、本艦を貴艦前部艦底に接舷、押し上げる。対衝撃に備えて冷静な判断と行動をとられることを望む」
 キャプテンもよく言うと、ロイは口には出さずに笑った。接舷し、押し上げると言えば、テネレも警戒しないだろう。
「なお、本艦はモビルスーツデッキの破損が予測される。本艦所属のMS及びパイロットの保護と、D3への帰還についてはそちらで手配願いたい。以上」
 テネレからはシノザカ大尉が何か言い返してきたようだったが、キャプテン・トドロキはもう聞く耳を持たなかった。


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